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デザイナーとは名乗らない。なぜならパンティおじさんだからだ。

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僕は一応Web制作の仕事をしてるのだが、「Webデザイナーです」と自己紹介する事はない。人前で「パンティ」と口にするのが恥ずかしいのと同様に、自分を「Webデザイナー」と言うのが、ものすごく恥ずかしい。仕事を聞かれたら「Web制作」と答えているのは、「パンティ」を「パンツ」と言うようにしてるのに似てるな…なんて思う。

どうしよう。今日、本当はWeb制作に関することを書こうとしてたのだが、なんだか無性に「パンティ」の話をしたくなってきた。別に「パンティ」に対して特別な想いを持ってるわけではなく、むしろ僕が生きて行く上で「パンティ」について考えを巡らせる行為は非常に無意味なことなのだが、Web制作のことなんかどうでもよくなってきている。三十路を超えたおっさんが「パンティ」についての日記を書くなんて、気色の悪い話だと十分理解しているつもりだが、頭の中で「パンティ」とつぶやくと、その語感の心地よさにワクワクし、ついリズミカルにタイピングをおこなってしまう。もういい…書こう。

申し訳ございません。本日のテーマは「パンティ」です。

「パンティ」と言いたい。

「パンティ」をテーマにすると言ったものの、先にも述べた通り「パンティ」そのものに対して特別な想いがあるわけではない。ましてや好きでもない。ある種の性的嗜好を持つ人達からすれば、「パンティ」はエロティシズムと結びつき、チラリとその僅かな布切れでも目にしようものなら、狂喜乱舞のお祭り状態に突入するのだろう。だけど僕には全くもってそういう気配はない。

「パンティ」という言葉の響きが好きなだけなのだと思う。そこに卑猥なニュアンスは含まれず、ただの面白ワードとして言語中枢を刺激してくる。小学生が「う〇こ」という言葉を面白がり、嬉々として連呼するのと同じかもしれない。「う〇こ」「ち〇ちん」その同列線上に存在するのが「パンティ」という事だ。

さらに言うと、「パンティ」には「パンツ」では得られない語感の心地よさが存在する。絶妙なオヤジ臭さ。僕自身は経験してきてないけど、なんとなくバブル初期を思い浮かべてしまう。バブル芸人の平野ノラが大ブレイクしている昨今。その流れに乗って、ナウなヤングにバカウケな「パンティ」とか言いたくなる。

そうだ、僕はどうしても「パンティ」と言いたいのだろう。

「パンティ」と言えない。

しかし実生活で本当に「パンティ」と口にしようとすると、さすがに恥ずかしさが先行する。「パンティ」と連呼してしまう事で世間をざわつかせ、自身がとんだ痴態を晒してしまう事は十分想像できる。三十路を超えたオッサンが女性下着の名称である「パンティ」を声高に叫んでるなんて、どこをどう見繕っても変態であり、つまはじきにされて白い目で見られるのは明らかだ。

つまり僕は抑圧されている。普段は「パンティ」と言いたい衝動を意識から締め出し、意識下に押し留めるている。そして意識されないままそれらを保持している状態であって、その衝動は無意識から意識へ何度も浮上しようと試みているわけだ。僕が唐突に「パンティ」の話を始めたのも、当然の結果のような気がする。

最後に

さて、ここまで僕は計23回「パンティ」と書いてきた。僕の両親はこんな息子に育てたつもりはないと思う。仮に僕が僕の親だったら、こんなバカな文章をネット上にバラ巻くなと殴りつけてると思う。有無を言わさずゲンコツだ。その件については本当に申し訳なく思う。

そして世の中には本当に素晴らしいWebデザイナーの方が沢山いる。そんな人達とパンティおじさんを一括りにしてはいけないと思う。そんな身の程知らずな真似は、やっぱりどうしても恥ずかしいし申し訳なさでいっぱいになっちゃうので、僕は軽々しくWebデザイナーを名乗らないようにしようと思う。

どうしようもねぇな…この日記…
以上でございます。