読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「お手軽に楽しめる貴族の遊び100選」という記事を書こうとした。

日記

f:id:monsandesu:20161203195724j:plain

「貴族の遊び」という言葉がある。額面通り捉えれば、そのまま”貴族”の”遊び”なのだけど、高卒の僕の知識が正しければ、日本における貴族制度は廃止されている。となると、そんな遊びは存在しないはずだ。Googleで調べてみる。平安の遊びばかり出てくる。うん、蹴鞠のことを調べたいのではない。

比喩であるのは誰でも理解してることだとは思う。乗馬のようなお金のかかる趣味。貴族の遊びだと思う。ホストクラブでイケメンをはべらせて豪遊。まさに貴族の遊びだ。AKB総選挙なんかも貴族の遊びと言って良いかもしれない。なんだ、貴族の遊びだらけじゃないか。

流行語大賞は貴族の遊びだと思う。

先ごろ発表された「2016 ユーキャン新語・流行語大賞」。これも貴族の遊びだと思う。今年の大賞は「神ってる」だけど、正直流行ってる?との声が、いろんな所で挙がっている。去年もそんなこと言ってたような気がする。

新語・流行語大賞(しんご・りゅうこうごたいしょう)は、自由国民社がその年1年間に発生した「ことば」のなかから、世相を軽妙に映し、多くの人々の話題に上った新語・流行語を選び、その「ことば」に関わった人物、団体を顕彰するとされている賞である。2004年(平成16年)より、ユーキャン新語・流行語大賞(ユーキャンしんご・りゅうこうごたいしょう)に改称している。

出典ーウィキペディア

選考員を務めてる面々を見てみると、高い知識と教養を持った知名度も高い人達だと思う。選ぶ特権を与えられた貴族と言ってだろう。その対比として、結果だけを通知される我々は平民である。平民であるところの僕からすると、ここ数年に大賞を受賞した言葉が世相を軽妙に反映してるとはとても思えないのだけど、もしかすると貴族の間ではバカ受けなのかもしれない。

そう考えると妙に納得してしまう。知らない言葉が大賞を受賞しても、それは貴族様の遊びなのだから平民の僕が知るはずはない。「今日の天気は神ってますなー」。高い知識と教養を持った人達がそんな会話をしてるとしたら、なんて良い世の中なんだと思う。安心してしまう。低学歴の僕でも優しく包み込んでくれそうだ。某ニュースサイトのコメント欄のように、大賞の決定に対して不満を漏らす事なく、とても優しい眼差しで見つめられそうだ。

お手軽に楽しめる貴族の遊びはないものだろうか?

それはそうと、「貴族の遊び」がしてみたいという衝動に駆られている。とはいえ、貴族然として振る舞える資金力があるわけではなく、何か特権が与えられてるわけでもない。さらに言うと、そこに「お手軽さ」が欲しいとも思う。高尚な遊びを提案したところで、誰も興味は示してくれないだろう。途方にくれている。

正直に言うと、「お手軽に楽しめる貴族の遊び100選」なんて記事を書こうかと思ってこのブログに取り組んだものだから、途方にくれてる始末だ。タイトルだけ思い浮かんで失敗するパターンだこれ!

試しに知り合いへ、一人称を「まろ」にしてラインしてみた。多少でも貴族気分が味わえるのではないかと期待して送ってみた。貴族と言えば麻呂という発想の貧困さ。Google検索で「貴族の遊び」を調べて蹴鞠ばかりが出てきても、憤慨できる立場ではないなと思う。

f:id:monsandesu:20161203194208j:plain

案の定、不審がられている。

はやくも100選のうちの1つ目がボツになった形だ。心が折れた。もう二つ目の案を考案して実行する気力が失せた。さあ、どうやってこの記事をまとめようか?

まとめ

もし今後100選が見つかったらちゃんと記事にするかもしれないし、しないかもしれない。
とんだ体たらくで申し訳ありません。

流行語大賞のように、優しい眼差しで見てもらえたら幸いです。
以上です。